<近美100年の会設立の経緯>
2001年の11月17日、鎌倉八幡宮の境内の一角に建つ「神奈川県立近代美術館」が、開設50周年を迎えました。
戦後間もない1951年(昭和26年)、人々の心のよりどころを作ろうと、美術界や当時の神奈川県内山岩太郎知事の強い思いと、同じように復興を
願っていた八幡宮の要請もあり、世界で3番目の、日本では最初の近代美術館としてこの鎌倉の地に建てられたのです。
設計は、コルビジュエのもとで学んだ坂倉準三で、白い小さな箱といわれる清新な姿は、古都鎌倉の杜の中にあって八幡宮と魅力的な調和を保ち、
日本の近代建築を語るとき欠かせない大切な建築として、日本だけでなく世界の建築界からも注目されています。
近代美術館は、近代や現代の美術作品を展示公開するとともに、作品のコレクションという大切な役割も担っています。したがって収蔵庫の増設や、
現代美術の展示のための設備改修など時代に即し手を入れていかなくてはいけません。しかし敷地が史跡に指定された
こともあって埋蔵文化財を傷めるということで大規模な増改修が許されず、神奈川県は様々な検討の結果、葉山に新しい美術館を作り10月に開館することになりました。
鎌倉は4月から休館し、その間新美術館の準備とメンテを行い11月に彫刻家 堀口正和展によって再開し、その後は常設展示を主体とした美術館として
葉山と2館体制で運営されることになっています。 しかしこの美術館は八幡宮から借地して建てられており、次の借地更新は14年後になるものの、八幡宮からは敷地返還の要請がなされており、その存続が懸念されます。
そこで2001年11月6日、この美術館をより長く現役で使い続けられることを願い、建築界と美術界のメンバーが中心となった発起人会を開き、
高階秀爾氏を代表とした「神奈川県立近代美術館100年の会」を発足させました。現在会のコアメンバーとして、建築家と共に鎌倉の市民や大勢の
学生も加わって活発な活動を繰広げています。 この美術館が存在する意義や、鎌倉にあることの大切さを社会に伝えるためのシンポジウムをやり、建築雑誌などへの寄稿、会報の発行、ホームページの開設、
近美での展覧会や建築の見学会、周辺の史跡や鎌倉の街歩き、昨年の秋には神奈川県知事や文化庁に、近美を『登録文化財』に登録してほしい旨の要望書提出など
様々な試みをやってきました。
これらの活動をしながら感じている私たちの望みは、この会の趣旨を多くの一般の人々や鎌倉市民に知っていただきたいこと、そして様々な組織と連携を取って
ネットワークを作り、人が生きていく上でとても大切な「文化」について考え活動していきたいということです。是非皆様に入会いただき、この素晴らしい美術館が
存続されるよう、行政や社会に働きかけるなどお力添えを戴きたいと思います。 (2001年11月)
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